1月2日(月)

走行距離 約1060キロ

カンナラーをAM2:30に出発。
1000キロ以上もある、インド洋岸にあるブルームの街に着けるか挑戦だ。
オーストラリア大陸の荒野の夜は全くの暗闇だ。バイクを止め、ライトを消すと何処に何があるか分らなくなる程暗い。
もちろん街路燈が有る訳では無い。路上はバイクのヘッドライトで照らす反射板が、ナビゲーターの様に光を反射する。 
それを頼りにハンドルを握る。ただ空を見上げると満点の星。子供の頃見た天の川もハッキリ見える。
今この目映る夜空は古代人が毎夜見ていた星空と同じに違いない、美しすぎて孤独感さえ感じる。
宇宙に存在する自分を考えてしまう。これも日本では体験できない光景だ。夜の走行で気を付けなければならない事が有る。
カンガルーの飛び出しである。カンガルーは夜行性で、日中は暑さを避け木陰で昼寝をしている。夜は食事の為に行動する。
ヘッドライトに驚き、飛び出しも当然起こる。高速走行が特に危険なのである。今迄に何百匹のカンガルーの死体を見ただろう?
200キロ走った所でガソリンスタンドを見つける。ライトは付いていたが、この時間帯は営業していない。
今日は何時から営業するのか?お正月でもあるし、先を急ぐか迷う所である。タンクのガソリンはあと100キロ位しか持たないだろう。
この先何キロでスタンドが有るのかが分らない。とりあえず営業開始を待つ事にする。
夜が明けて来た頃、キャンピングカーから男が出てきて何やら話しかけてくる。
スタンドの店主かと思いきや、キャンピングカーでの旅行者だった。
コーヒーを御馳走するから、こちらへ来ないか?との誘いであった。
お互い一人旅で、直ぐお言葉に甘える事にした。
イギリスで20年前に妻と離婚して、以後オーストラリアで仕事をして生活してきた。
今は年金生活しながらオーストラリアを回っているとの事。独身生活なので、何処か淋しさの少し漂う彼、61歳。
私、62歳。同年代と解ると話が弾む。若い時はビートルズにハマッていたというから余計に親近感を覚えた。
6時になり、すっかり明るくなって近所のおばさんが散歩を始めたので、営業開始時間とこの先何キロで給油スタンドが有るのか聞く。
1時間後にこのスタンドはオープン、180キロ先にスタンドが有る事を教えてもらった。
予備の5リットル缶を積んでいるのでなんとか成る距離だ。せっかちな私はイギリス男に別れを告げ、この先の街を目指す事にした。
途中雷雨に見舞われたが、気温が高い事もあって何とか乗り切った。午後は睡魔との闘いだった。
一瞬目を閉じて運転している事に気づく。道が広い事と交通量が少ない事で余計に気が緩むのか。
でも目を覚ますのに良い方法を見つけた。ウォーと絶叫の大声を出す事。
勿論ヘルメットの中でだが、のどが潰れる程の声を出していると目が覚めるのである。
オーストラリアの田舎道で景色も良く、程良くワインディングしていて楽しいドライブであったことは間違いない。
結局今日は1060キロ走り、ブルームの街に着く。
思ったより大きな街で、真珠の養殖で日本と関係が深く、日本人墓地があった事が印象深かった。

カンガルーの赤ちゃんと

オーストラリアでは、カンガルーが事故にあうことが多い。
しかし、母の袋の中で九死に一生を得た子カンガルーもいる。
そんな子カンガルーを近所の主婦が大切に育てていた。

2013年 4月 12日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

 


 

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