オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅が本になりました!

RETURN RIDER
ホームページ内で綴ってきた オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅が、
一冊の本となって全国書店で発売中。
この「RETURN RIDER」には、バイクが大好きな澤田道孝が60代で実現させた
オーストラリア大陸や、アメリカ大陸横断の旅行記について掲載されています。
また、ホームページ内では紹介しきれなかった写真やエピソードも掲載されています。

購入は全国書店のほか、インターネットからもご購入いただけます。
詳しくはこちら

タイトル:RETURN RIDER
著者:澤田 道孝
出版社:産学社
価格:1575円(税込)

2013年 9月 20日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅 and お知らせとニュース

再 挑 戦

オーストラリア大陸のツーリングは、日本では体験できないバイクツーリングでした。
63歳にして私の夢がかなった事は私の人生の最大の喜びとするもので、
そして私はこのオーストラリアのバイクによる挑戦にハマッてしまいました。
今回の体験を踏まえて恐らくオーストラリアの真の魅力は荒野にある事がわかりました。
そして再度、パース→ケアンズ(約1万キロ)のメジャーロードを走らないツーリングを計画します。
しかしこのツーリングは荒野ゆえの危険性を含んでいます。
それは、たった一人の挑戦は避けるべきと思います。
そこでこの手記を読んでくれた人の中で一緒にこの挑戦に参加したい方を募集致します。
是非ご連絡して下さい。そして心に残る人生の宝を共に手に入れましょう。
やればできる!お願いします。

2013年 7月 29日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月21日(土)

完走!

走行距離300キロ

ホテル隣のマクドナルドでハンバーガーを買う。
ホテルの部屋で一人。これで終わる旅の事を考えながらの朝食。
7時に出発。簡単に幹線道路に出られた。あとは夕べ立てた計画通りにシドニーを目指す。
キャンベラの朝は15℃と気温が下がっている。昼間は暑い程だった。
少し暑い感じのする空気の中、バイクを走らせる。エンジン音は快調だ。
日本の高速道路の様な道ではあるけれど、側道では自転車道が確保されており、
何台ものレース用自転車がヘルメット·ウエアを決めて走行を楽しんでいる。
自転車が社会に受け入れられているのだと感じる。
100キロ程走って一般道へ入る。バイク200選道路も走りながら、シドニーへ向かう。
たかが400キロの道のりだ。真っ直ぐ走れば簡単に着いてしまう。
途中の町のカフェでカプチーノを飲みながらゆっくり走る。
今の私にはオーストラリアはオーストラリア人のもの、という感覚はない。
オーストラリア大陸は現在·未来も人類全てのものであり、
いや青い星、地球に生をうけた全ての生き物のものだ。
今はオージー達がこの大陸を管理しているだけだと思う。
その思いからすると、これだけの大陸·大自然·多様な生物·素晴らしい景色や風景があるという事は、全人類の大きな財産だ。
この自然を破壊·汚染して欲しくないと思う。
現実はそうではないのだが、これだけの大自然の中で育つ人間と、
狭くごちゃごちゃした肩と肩が擦れ合う様な環境で育った人間とは、
全く違った何か特別なスケールの大きな人間を作り出すと想像するからである。
永遠にこのオーストラリアを大切に守って欲しいと願う。それが私の今の願いだ。

今日で私のバイクの旅は終わる。
わずか1ヶ月で走り抜けてしまった。
長い様で短い時間だった。この旅で得たものは、改めて知る体力の衰え·頭の中を飛ぶように通り過ぎる記憶·
63年掛って築いた病気に対する免疫力·63歳にしてまた1つ知り得た大自然と大陸。
12時頃シドニー近くにさしかかる。近くと言ってもまだ70キロ位はある。
雷雨が降り出した。いずれにしても濡れる、ずぶ濡れ覚悟でバイクを進める。
いつも思うが、カウリングは本当にいいものだ。カウリングがなければ、この雨の中は走れない。
モータウェイ7号に入る。全神経を尖らせて道を選んだ結果、またキャンベラ方向に走っている事が分かる。
5キロ程走って、またシドニー中心に向かって走る。
これだけの地図と鈍い方向感覚で、自分の進むべき道を選び出せというのが無理な話なのか、
63歳になった所以であるのかは分からないが、ほとほと道に困った。
最後は近くを歩く人に地図を見せて『ヘルプ·ヘルプ』を連発する。
そしてジェシカに電話を入れる。たやすく助けに来てくれる。
そしてとうとう出発点のケビンの家に到着した。
ケビンの父親が出迎えてくれた。無事に帰還出来た事を喜んでくれた。
明日は台湾の正月だから家に来る様に、と誘ってくれた。旅の途中で受ける人情ほど、
温かく心に染みるものはないと思う。
あわやカンガルーと衝突と言った様な危険な目にもあったこの旅。
人並み以上に神のおぼしめしを感じた。
ありがとうございました。もう1度、オーストラリアを走りたい。
今度はケアンズからパースまでの大陸斜め横断1万キロは有るかな?
オフロードがこの大陸には似あうと思う。
体さえ元気なら又戻って来てしまいそう!な予感がする。

2013年 7月 29日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月20日(金)

オフロードを楽しむ地元のライダー達シドニー市内
走行距離320キロ

晴れ。さよならエデン。今日でシドニーに着く。
しかし、あと少しとなると『もう終わってしまうのか』とも思う。
ジェシカのお出迎えも欲しいし、やはり出発点のケビンの家まで戻りたいと思う。
色々考えた挙句、キャンベラまで行く事にした。
そうすればあと400キロでシドニーだ。
田舎道を最後のオーストラリア大陸を噛みしめる様に走った。
100キロ前後の心地良い速度で行く。雄大な風景を目に焼き付ける様に、
やはりバイクで大自然のオーストラリアを走る。少ない交通量の中をゆったりと走る。
これが出来るのがオーストラリアだ。
夕立に少し打たれたが、少しも気にならない。
まだオーストラリアを知らないライダーには、是非知って貰いたいと思う。
キャンベラはオーストラリアの首都だ。きちっと整備された町はやはり首都を感じさせる。
サラリーマンの人々もきちっとネクタイ、スーツ姿の人がめだつ。
こんな風景は他では見られなかった。想像していたよりもずっとずっと都会だった。
でもどうしてもミャンマーの創られた都市、首都を想像してしまう。
政治と経済を分けるそれぞれの町で長い時間が解決する事だと思う。
1時半にはホテルをとった。ゆっくり休んで明日のラストランに備える。

2013年 7月 29日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月19日(木)

延々と続くシドニーへの道

走行距離642キロ

5時頃から下船の用意を始め、6時にフェリーに乗り合わせた仲間と記念写真を撮って、それぞれの方向に別れた。
私はメルボルンの中心を避け、出来るだけ走りやすい海岸沿いの道で東方向へA1道路を目指した。
やはり地図の縮尺の違いで、大都市周辺の網目の様な道路で進むべき道を間違えてしまった。
やっとA1道路に辿り着き、A1をただひたすら東海岸に向かって走った。
ハイウェイとは言え、交通量は多く風景も単調で、ただ疲れるだけの道路だった。
シドニーのあるニューサウスウェールズ州に近付くにつれて、海岸線がも現れたりアップ·ダウンがあったり、
高さ15メートル程のユーカリの森の中を抜けたりで楽しく快適な道路に変わった。
次第にガソリンスタンドの数も以前と比べて増えてきた、ガス欠の心配はなくなっていた。
A1を進む内にバイクの3人組と遭遇した。
私は最後尾で4人組となって森林の中を約200キロ、一緒にツーリングをした。
やはり3·4人組で走るのも楽しいものだ。
前を走る仲間の姿を自分に写し、100~120キロ/時のスピードで走って行く。
ただ走りそのものを楽しむ。車では味わえないものがある。
500キロを過ぎた頃から、どうしてもシドニーのあるニューサウスウェールズ州に
入っておきたかったので、疲れた体を押して650キロ走ってエデンという町に着いた。
海の見える丘の上にあるモーテルに泊まり、食事をして、また酔っ払って寝た。
あと500キロでシドニーである。頑張らなくても普通に走れば完走のシドニーだ。
ジェシカに連絡をして、明日の夕刻にはシドニーにいる事を伝えた。
旅の疲れはピークに達している様子。日本を出てから、ちょうど1ヶ月になった。

2013年 7月 26日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月18日(水)

タスマニア島一度に車を300台近く運ぶフェリー< 走行距離334キロ

AM7:30、出発。昨夜の雨音も今はなく、青空も少しのぞくツーリング日和だ。
町を抜け牧場の中を進む。道端でのどかに牧草を食む母牛、
バイクの音に怪訝そうに大きな円らな瞳で私を見つめる子牛。
緑濃き山々は白いモヤがあちこちと木々を包む。
峠越しにかかる森の中のワインディングロード。
気温は15~17℃と少し寒い。果たして今日はハイランドレイクに辿り着けるのか。
そしてフェリーの時間に間に合うか?と不安が募る、
バイクを左右に倒しながらコーナーを抜ける。
時折安心する気持ちに警笛を鳴らすかの様に対向車が現れる。
ストレート道路とは違って、車速は40~80キロで心地良い朝の空気の中を進む。
AM8:30頃にラウセストンの町に着いた。交通量が急に増える。
国道1号線を探さなければならないし、事故にならない様に気を配る。
やっと1号線を見つける。1号線を西に行けば良い。
しかし私の頭の中は方向感覚が完全に麻痺していた。とにかく走る。
逆方向に進んでいる事に気付かせてくれたのは、スタンドのお兄さんだった。
しかし『この道へ行けばハイクランドレイクに近いよ』と全くの農道を行く様に勧められる。
フェリーの時間もあるし、ショートカットで進む事にする。
農道と言っても良く整備されているので、速度は80~120キロ位出している。
すると目前に、標高にして500~600メートルはあると思われる
岸壁の様な山脈が現れた。まさかこれを登れと言うのか?
標識を頼りに進んで行けば、確実にその山脈を登り越える様に道は伸びる。
イロハ坂を進むにつれて、気温は10~15℃に下がり、常に風が強いのか、
木々は地を這うように育っている。富士山の5合目の様な景色。
岩山は荒々しく、心におのずとプレッシャーをかける。
やっと登り切った時、天気は快晴だった。申し分ない天候になった。
空気は澄み、ここに地図にある様な大きな湖があるのだろうか?
バイクを停めて5~10分休んでから行きたい思いはあるが、心に余裕はない。
対向車は20分に1台位現れた。淋しさも募る。すると、とうとう道は舗装が切れ、
舗装路から未舗装道に変わった。スリップしやすい。さらに気を引き締める。
暫く行くと、前に美しく巨大な湖が姿を現した。
しばしバイクを停め、その美しさに見とれる。
日差しはきつく、こんなに美しい所へ家族を置いて私だけ来るなんて、
何だか申し訳ない気持ちもした。
孫が『じぃちゃんとオーストラリアに行きたい』と言っていた事が思い出される。
機会があればきっと連れて来てやる!と心に刻む。高山を下る下り坂。
バイクを走らせるにしたがって木々は高さを増し、森林の中をぬう様にバイクを進める。
気が付くとダベンポートのフェリー乗り場に着いていた。時間は正午。
やっと食事らしい食事をとる。出発までの時間をどの様にして潰そうか考える。
たまたま空いていた洗車場でバイクを洗う。時間をかけて念入りに。
洗車場のオヤジが『お前はハッピーか?』と聞く。『ベリーハッピー!』と答えると
『お前の様に洗車好きなら雇ってやってもいい』と冗談を言う。
それでもまだ2時間も時間が余っているので、洗車に来る車の洗車のお手伝いをしてやった。
日本人はお前達と違って、これくらい丁寧に洗うのだという思いを見せつける為、
より丁寧に洗ってやった。5時になったのでフェリー乗り場に行って乗船を待った。
今夜のフェリーにはバイクは7台乗る事になった。ライダーたちは自然にそれぞれ
どこに行った、何キロ走った、どこで何があったと話が弾んだ。
皆、私の話に驚いていた。63歳のジジィが2万キロにも及ぶバイクの旅をしている事
クリスマスに出発してほぼオーストラリアを一周している事、貴方はテストドライバーか?
など、話は尽きなかった。夜はキャビンでぐっすり寝てしまった。

2013年 6月 25日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月17日(火)

タスマニア島の美しい風景風景

走行距離580キロ
曇り。AM6:30、エンパイアホテルを出発。
果たして今日どれだけ走る事が出来るのか不安だ。
クインズストンの町を出るには峠を越えなければならなかった。
ヘアピンカーブの続く急な上り坂を登った。今までにない日光イロハ坂の様な道。
眼下にクインズストンの町を見下ろして、別れを告げた。
出発時は24、25℃あった気温は、峠を下るにつれ気温も13℃位まで下がった。 … » 続きを読む

2013年 4月 24日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月16日(月)

メルボルンに入港する、タスマニアスピリツ

走行距離320キロ
予定通りフェリーはタスマニア・ダベンポート港に到着した。
モーニングコールがあるまで良く眠る事が出来た。
しかし何故か食欲が沸かないのが気になる。
下船したのがAM6:30さて右か左かどちらに行くか決まっていない。
タスマニアはやはり想像よりかなり大きな島だ、多分日本の九州位はある。
とにかく前の車について走った。フリーウェイに乗り、そのまま西に向かった。
ルートも決めていないのに西へ走った。
海岸沿いの景色は美しかった。バイク後輪の傷み具合は相当摩耗していたので、
まずバイクショップを見つけようと決める。 … » 続きを読む

2013年 4月 24日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月15日(日)

いよいよメルボルン市内一般的なモーテル一泊60ドル

今、タスマニアに向かう大きなフェリーのキャビンの中に居る
PM9:30。今日の仕事日記を書いている。今朝は8:30出発。
あと200キロでメルボルンだと思い、モーテルを出た。
途中『少し寄り道を』と思い、バイク200選道路に入った。
200選に選ばれる様ないい道ではなかった。
カメラにも手が出なかったので、あまり大した変わり映えはしなかった。
そしてメルボルンへの道を見失い、100キロ程遠回りをしてしまった。
メルボルンに近づくにつれ、温度が下がり始め、11℃前後だったと思う。
いつ雨が降り出しても良い様な天候になり、淋しさの増すドライブになった。
メルボルンに着く直前には急に晴天になり、温度も20℃台に上がり、
かすかにメルボルンの中心10キロ程先から
高層ビル群が見えた時は思わず『やった!』と声が出た。 … » 続きを読む

2013年 4月 13日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

1月14日(土)

走行距離850キロ

AM3:30、ポートオーガスタ出発。
これから先の事が心配で寝ていられないからだ。アデレードまで300キロ。
アデレードからメルボルンに向かってどこまで行けるかと、気持ちがはやる。
朝は寒かった。今までで一番寒い日だった。海の近くで且つ、夜の放射冷却のせいだと思う。
7℃位まで下がった。重ね着をして走った。
午後2時頃は27℃まで上がったが、空気が乾燥していたせいか暑さは全く感じなかった。
一日中何となく寒い思いがつきまとった。メルボルンの手前200キロでモーテルをとった。
田舎の幹線道路沿いのモーテルだ。全部で850キロ走った事になる。
見慣れた風景になってしまったので感動は覚えない。
昨日もそうだが、モーテル代がここに来て断然安い。昨日も55ドル、今日も60ドル。
100ドル値引きしていませんか?と言いたい位、安い。
850キロひたすら走るのも疲れる。このバイクのトータルの走行距離は一万七千キロになった。
それにしても後輪のタイヤがもうダメになりそうだ。一部擦り減って糸が見えている。
メルボルンでまた新しいものに交換しなければならないと思う。
そしていよいよタスマニアに行く!!

2013年 4月 13日 更新 | オーストラリア大陸2万キロのバイク1人旅

 
 

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