私の考える町会議員

地方自治体である阿久比町は町民にとって、阿久比町役場はたったひとつしかない、
ある種の独占企業である。この役所は絶対に潰れることのない“企業体”である。
競争原理の働かない役所は効率を求めない。
そのうえ、役場の職員、地方公務員は悪いことさえしなければ、
たとえ成績が悪くても決してクビになることはない。
町民に対して仕事をこなすことより、仕事をしているように見えることに力を注ぐ。
だから公務員は「遅れず、休まず、働かず」の悪口を言われている。
町長も同じ。いかに自分が町民のためになっているかを考えるより、
町民から仕事をしているように見られることに力を注ぐ。
町民のためになっているか、いないかは二の次だ。     
失敗を恐れるあまり、有効な行政改革はしようと思わない。
町長がもらっている給料は、自分の仕事量よりはるかに歩がいい。
まわりの町民は「町長さん、町長様」とはやし立てる。弁が立ちさえすれば、
こんなおいしい仕事はない。だからだろう、何期でも町長の椅子にしがみつく。
長期政権と批判されようがお構いなしである。
自分が辞める事が一つの行政改革になる事に気づかない。
町会議員も同じだ。私が町会議員になって驚いたのは、
議員はまず自分が第一の立場を貫くという点である。
この議案に賛成したほうが自分にとって得か損かですべてが判断される。
そして議会は民主主義=多数派主義が貫かれる。
ほとんどの議員は、市民に寄り添う存在ではなく、いかに自分の立場を貫くか、
自分の立場を守るかに必死になっている。言葉は悪いが、
「議員は腐った存在」になってしまっている。これが、私が町会議員になって実感したことである。

安倍首相が野田前首相とあれほど声を張り上げて約束した、
国会議員の定数削減も簡単に破られてしまう。国民不在も頷ける。
いままでいろいろな国を見てきた私にとって、「ひどい国」は押しなべて政治が悪い。
私にとってひどい国の判断は大きなスラム街がある、ホームレスが多い、
子供が学校に行けない、女性が虐げられている、国民に自由が無い等で判断している。
政治の良し悪しが国民の幸せを左右するのであり、国民にとって政治が、
いかに大切なものであるか肌で感じてきた。
現在この程度の日本でも世界的レベルからいえば上等国ではあるが。
私は田舎の一町会議員であるが、町民のためになる政治行政をと思い、
これまで「是々非々」を貫いてきた。そのせいか、「澤田議員は変わり者」と呼ばれている。
いま国民はいろいろな意味で不安の中で生活をしている。この不安を解消しなければ、
個人の財布の紐は緩まない。消費税の増税も必至の情勢だ。
なおのこと、国民の財布の紐はきつく結ばれる。緩むことなどないだろう。
脱不況・景気回復などあり得るわけがない。これが私の持論である。

2013年 6月 27日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

 


 

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