澤田道孝の阿久比町よもやま話

まだまだ元気です

DSC_0005.JPG

5月も終わりを迎えますね。
今年は比較的涼しくて過ごしやすかったと思います。
ここ最近はやっと夏が近づいてきたと感じるような暑さになりました。
季節の変わり目となりますので、皆さんも体調管理には充分お気をつけ下さい。

昨年の11月のことになりますが、お花をいただきましたと記事を上げておりました。
そのお花ですが、白い方は先月とうとう終わりを迎えました。
5ヶ月も元気に育って、事務員皆で驚いておりました。
しかし、こちらの赤い方はまだまだ元気です。
事務所にいらっしゃった方に「まだ元気だねえ」と言われるくらい元気です。
夏もすぐそこというのに不思議ですね。
事務所にいらした際にはぜひ覗いてみてください。

オアシス事務所 和田

2014年 5月 28日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

満月でした。

昨日は満月でしたね。
そのせいか、夜は明るく感じました。
仕事帰りに携帯にて撮影してみましたがやはり綺麗には撮れませんでした。
ぼや~っとしてしまって何が何だかわからないですね。

私は一眼レフのカメラを持っているのですが、それならうまく撮れるでしょうか。
実は夜に撮影したことがありません。
夜だとうまくシャッターが下りないとも聞きますがどうなんでしょう?
宝の持ち腐れですね、初心者もいいところ。
いつか人や風景の撮影が趣味だといえるくらいの知識と腕を持てたらいいなと思っています。
それもまだまだ先の夢ですね。

オアシス事務所  和田

2014年 1月 17日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

オアシス大橋が見える場所から

オアシス大橋が見える場所から
お客様にありがとうと言われると凄く嬉しいですね。
まだまだ一人前には程遠い自分でも
誰かの役に立っているんだと、これからの活力になります。

先日、お客様とお会いした帰りにオアシス大橋が良く見える場所を見つけました。
写真だと分かりにくいかもしれませんが
阿久比町の風景も一望できてとても良い場所です。

もっと、地元阿久比に貢献出来るよう頑張っていきたいです。

オアシス事務所  和田

2013年 12月 13日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

お花を戴きました。

DSC_4183.JPG
可愛いお花を戴きました。
さっそく事務所に飾っています。
植物があると癒されますね。

ちなみに、今回は携帯から更新をしています。
いろいろな記事を更新していきたいと思いますので、
どうぞ宜しくお願い致します!

オアシス事務所 和田

2013年 11月 26日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

土地家屋調査士 澤田道孝のリターンライダーへの思い

澤田道孝の土地家屋調査士になるきっかけや、
リターンライダーやバイクに込めた思いを語ります。

◊◊◊◊◊

 昭和56年に調査士試験に合格し、
以来調査士業務を本業として生計を立ててきました。
そもそも調査士になりたかったのは、
いわゆるサラリーマンで一生を終えたくなかったからです。
若い頃サラリーマン生活が自分に合わずにいろいろ悩み、
自分の一生はこれでいいのかと絶えず自問自答していました。
その頃、海外へ飛び出して約1年間放浪の旅を経験した友人がいました。
彼に触発され、もっと多くの事を知りたい、
経験したい、自分の存在意義が分からない、
人間として大きな何かを掴みたいと考えていました。
妻の⌈やってみたら!⌋の言葉に背中を押され、
妻と幼い二人の子供を残しヨーロッパへの一人旅に飛び出しました。
これとて一般的には有り得ない話しだと思いますが、悩み抜いた結果の行動でした。

 こんな経験を経て試験合格後、澤田測量事務所を開き独立の道を歩み始めました。
開業当時は、バブルの絶頂期で仕事はいくらでもありました。
自分の為に仕事をするのではなく、お客様の満足の為に仕事をしなければならない。
今はそう考えています。
当初はなかなか自分の為の仕事で、お客様に満足をしてもらう事が
最も大切である事に気が付きませんでした。
現在は6人の補助者がいます。
自分で言うのもなんですが、今振り返ってみると、順調に成長してきたんだなと思います。
補助者には⌈自分の未来は自分の手で切り開くものだ。⌋と絶えず言い続けてきました。
補助者が資格勉強をする事に協力を惜しみませんでした。
⌈この事務所で一生を終るな⌋⌈自分の城を持て⌋と言い続けてきました。
独立して行った補助者も何人かいます。
二年間の有給休暇を与えて勉強させた補助者もいました。
最近調査士を目指す若者が減った様で残念な事と思っています。
事務所の成長と共に自分自身の夢も変化し、
友人がくれた⌈東方見聞録⌋の著者マルコポーロの
⌈今しかできない事があるのです。⌋と言う遺訓を胸に刻み、
家族4人でバイクによるアメリカ大陸横断(LA→NY)をしたり、
子供と東京まで(360km)歩いたり、フルマラソン、トライアスロンに挑戦したり、
友人から勧められて町議会議員に立候補(現在三期目)した事も大きな挑戦でした。
いろいろな経験を重ねてきました。

今思うとこんな事に挑戦する事ができた自分を、幸せな人生を送っていると思います。
多くの人に本当に多くの事を教えて戴きました。
最近特に思う事は60歳を過ぎ、年金を貰う歳になり
満足に体の動く人生もほぼ終わりに近づいてきていると感じます。
これから先は自身の夢の実現の為に生きていく。
まだまだ果たせない夢がたくさんある。
体力の続く限り挑戦し続けると自身に言い聞かせています。
この思いがオーストラリアのバイク二万キロの旅に
自分を駆り立てた原動力となっています。

⌈旅は人生心の糧⌋私はこの言葉が本当に好きです。
また⌈永遠に続く苦しみは無い。時がたてば、こんな小さな悩みに涙を流していたんだと
笑って話せる時が必ず来る。⌋
その時を信じて強く生きて行く事が大切なんです。
オーストラリアの旅では今迄に無い、鳥肌の立つような新しい発見、体験がありました。
その旅の中で一番心を打たれた事は、やはり歳のせいか、私の命の消えたのちの事でした。
言葉を失う圧倒されそうな暗黒の中の星空を見上げ、
数え切れない星の中にたった一つの青い星(地球)を心の中に見つけ
自分がこの奇跡の星に今生きていること、そして地球上の60億人分の一人の確率として、
今、輝いている事に深い幸せと感謝と、途方もない奇跡を感じました。
これから地球に生まれてくるであろう無限の生命に対する責任感をも感じました。
正にこの事象が⌈神⌋の領域である事を悟ったものです。
思うに人間はこの地球にとって⌈がん⌋細胞である事に違いない。
地球を汚染し続け大気温度にまで変化を与えてしまっている。
何処までこの⌈がん⌋細胞は増殖し続けるのであろうか。
他の生物の事を考えない人間の欲望と身勝手さに恐怖さえ覚える。
このような事を時間のたつのも忘れ、星空を見上げ考えていたのです。

 オーストラリアの旅を終え、今迄の私の体験などを本にしたいという思いで
出版したのが⌈リターンライダー⌋です。
海外でのひとり旅は毎日、さまざまな事が起きます。
その中で多くの感動と出会い、人情に触れあう事で時間が過ぎていきます。
初めての自著でもある⌈リターンライダー⌋には
そうした旅の醍醐味と人生観を交え、書き綴ってあります。
興味ある方は是非一度読んでみて下さい。
私の様な変わった調査士が存在することに驚かれるかもしれません。
異色ともいえる調査士なのかもしれません。
しかし、思いはひとつ、土地家屋調査士に栄光あれ!

以 上

澤田 道孝

2013年 11月 11日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

台風26号

台風26号が近づいてきましたね。
阿久比町も昼前には雨が降り出しました。
夕方には雨も強くなってきて、車を運転するのも大変でした。

皆さんもお気をつけてくださいね。

オアシス事務所  和田

2013年 10月 15日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

私の考える町会議員

地方自治体である阿久比町は町民にとって、阿久比町役場はたったひとつしかない、
ある種の独占企業である。この役所は絶対に潰れることのない“企業体”である。
競争原理の働かない役所は効率を求めない。
そのうえ、役場の職員、地方公務員は悪いことさえしなければ、
たとえ成績が悪くても決してクビになることはない。
町民に対して仕事をこなすことより、仕事をしているように見えることに力を注ぐ。
だから公務員は「遅れず、休まず、働かず」の悪口を言われている。
町長も同じ。いかに自分が町民のためになっているかを考えるより、
町民から仕事をしているように見られることに力を注ぐ。
町民のためになっているか、いないかは二の次だ。     
失敗を恐れるあまり、有効な行政改革はしようと思わない。
町長がもらっている給料は、自分の仕事量よりはるかに歩がいい。
まわりの町民は「町長さん、町長様」とはやし立てる。弁が立ちさえすれば、
こんなおいしい仕事はない。だからだろう、何期でも町長の椅子にしがみつく。
長期政権と批判されようがお構いなしである。
自分が辞める事が一つの行政改革になる事に気づかない。
町会議員も同じだ。私が町会議員になって驚いたのは、
議員はまず自分が第一の立場を貫くという点である。
この議案に賛成したほうが自分にとって得か損かですべてが判断される。
そして議会は民主主義=多数派主義が貫かれる。
ほとんどの議員は、市民に寄り添う存在ではなく、いかに自分の立場を貫くか、
自分の立場を守るかに必死になっている。言葉は悪いが、
「議員は腐った存在」になってしまっている。これが、私が町会議員になって実感したことである。

安倍首相が野田前首相とあれほど声を張り上げて約束した、
国会議員の定数削減も簡単に破られてしまう。国民不在も頷ける。
いままでいろいろな国を見てきた私にとって、「ひどい国」は押しなべて政治が悪い。
私にとってひどい国の判断は大きなスラム街がある、ホームレスが多い、
子供が学校に行けない、女性が虐げられている、国民に自由が無い等で判断している。
政治の良し悪しが国民の幸せを左右するのであり、国民にとって政治が、
いかに大切なものであるか肌で感じてきた。
現在この程度の日本でも世界的レベルからいえば上等国ではあるが。
私は田舎の一町会議員であるが、町民のためになる政治行政をと思い、
これまで「是々非々」を貫いてきた。そのせいか、「澤田議員は変わり者」と呼ばれている。
いま国民はいろいろな意味で不安の中で生活をしている。この不安を解消しなければ、
個人の財布の紐は緩まない。消費税の増税も必至の情勢だ。
なおのこと、国民の財布の紐はきつく結ばれる。緩むことなどないだろう。
脱不況・景気回復などあり得るわけがない。これが私の持論である。

2013年 6月 27日 更新 | 澤田道孝の阿久比町よもやま話

 
 

© 2020 Oasis-Jimusyo.co & Right Stuff.co All Rights Reserved